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「――すみません。雰囲気壊しちゃって。でも、ここは俺にとって神聖な場所なんです。施主の野口さんと掛――いや、和真さんとの心が結ばれる場所だから」 「おい。一人忘れてる」 「え?」 「智士の心も……だろ?そうじゃなきゃ、この建物は成り立たない」  ニヤリと笑った掛川は、自身のマフラーを智士の首にかけて、冷たい栗色の髪にキスを落とした。  事務所の外に出て空を見上げる。  周囲を標高の高い山々に囲まれたこの場所の空は澄み、特に気温の低い夜は星が綺麗だ。  住宅街は静まり返り、足場に掛けられた外装シートがわずかな風に煽られる音が微かに聞こえていた。 「願掛けでもするか……」  智士の耳元で不意に囁いた掛川を見上げる。 「コンペ、終わるまでお前とセ|ックスはしない」 「何ですか、それ……」 「お前が自分の仕事を大切にする気持ち、分かった……。だから、俺も仕事には本気で向き合いたい」  仕事に智士とのセ|ックスを引き合いに出すのはどうかと思ったが、掛川にとってはどちらも大切なことなのだろう。  自分を変えてくれたことはもちろんだが、男性経験のない智士への気遣いも見える。 「――じゃあ、俺も竣工まで突っ走ります」 「このコンペで絶対に復活する……。そうじゃなきゃ、俺を救ってくれた智士を幸せにする自信も失いそうで怖い」  掛川の心の声が偶然聞こえてしまったような気がして、智士は何事もなかったように空を見上げた。  一度は捨てたものを、一つずつ集めるのは大変な手間と時間がかかる。  それに加えて、失った信頼を取り戻すのはもっと難儀で、時に傷つくこともあるだろう。  掛川はそれを覚悟で復活すると言い切った。自分のために……。智士のために……。  冷えた夜空に瞬く星にそっと目を閉じる。  “絶対に大丈夫……。絶対にうまくいく……”  コンペに真剣に取り組む掛川へのエール。そして彼を支え、愛し続けるための呪文。  冬の夜空に、二人の願いがふわりと柔らかな光を放ちながら舞い上がった。
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