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そんな状況で掛川は自身が持ちうる力をすべて出し切った。
コンペ設計案の提出が終わり、一ヶ月後には一次審査通過の通知が届いた。
十数社という参加者の中から、審査を通過したのは掛川を含めた三社。
この中から最終審査を経て優勝が決まる。
採用者は事前連絡を受け、その二週間後に行われる授賞式に参加することになっている。
選考に残ったと知った後でも、掛川の生活スタイルは全く変わることはなかった。
寝癖で跳ねた髪に無精髭、ヨレヨレのシャツにチノパン。
事務所にかかってくる施工業者からの電話を適当に受け流し、毎日のように舞子に小言を言われている。
煙草を咥えながら面倒くさそうにマウスを操作する彼の姿は、他人には決して良い印象を与えない。
しかし、智士にとってはそれが癒しであり幸福だった。
何も飾らない彼が持つ“異彩の力”は偉大で、口には出さなかったが期待は大きかった。
予定では今日、最終選考の結果が出る。
エントランス上部に施されたモチーフが、ワンルームマンションでありながら高級感を醸し出している。
今までに何名かの入居希望者が見学に来ていたが、皆、このモチーフに感嘆の声をあげた。
誠人の腕もさながら、何より今は掛川の作品であるという証のような気がして、智士は自分の恋人を自慢したくて仕方がなかった。
もう過去は関係ない。今の掛川に恋をして想いを通わせた。
着工当初は不安ばかりだった野口も、今は満足げな笑顔を浮かべて現場を訪れる。
そして誇らしげに掛川の名を口にする。
智士はそれが嬉しくて堪らなかった。野口と掛川と智士の心が形を成したもの――それがこのマンションなのだから。
そわそわとしながらも自分の仕事をこなしていく。
休憩時間にはスマートフォンを握りしめたまま、反応のない画面をじっと見つめたりもした。
N県のホームページを見れば、もう発表になっているかもしれない。
だが、智士は掛川の口からその結果を聞きたかった。
最高の結果でなくてもいい。ただ、掛川が今まで忘れていた建築の面白さ、コンペに懸ける想いを思い出してくれただけで十分だった。
好きなことを好きなだけ出来る喜び……。そして、それを形にし、使う者たちにも幸福を与える。
設計士として、いい意味でのプライドを取り戻して欲しい。
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