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「朔耶。どうした?」
「ひっ!…あ、向坂、くん!ごめん、急に教室に来て、あの」
俺に急に声を掛けられて焦ってる。付き合ってると思ったら急に照れがでたのか、顔が耳まで真っ赤になっている。昼休みにはあんなに流暢に自分の気持ちを告白してきたくせに、今はしどろもどろでなんだかおかしい。意外に可愛い一面があるんだなぁ、なんて思ってしまって、穣に断りを入れて朔耶の背中を押した。
「今日は部活休みだし、一緒に帰ろうぜ」
「あ、う、うんっ」
駅までの道を、2人一緒に横に並んで歩く。いつも部活が終わった後に部活のメンバーで帰るか、時間に合わせて穣と帰るかしかしたことが無かったから、何だか新鮮だ。
「今日は部活無かったんだね、野球部」
「火曜日は練習が無い日だからな。朔耶はテニス部だっけ」
「うん、俺も火曜日は休みなんだ」
向坂くんと休みの日が一緒でちょっと嬉しいな、なんて嬉しそうににやけてる此奴。緊張したりにやけたりと忙しい表情は見ていて飽きない。
「ところで、何で向坂くんなの」
「え、いや、何となく」
「俺は朔耶って言ってんだけど」
「…っ」
じーっと見つめると、朔耶の顔がどんどん真っ赤になっていく。我ながらガキっぽい拗ね方。でも、向坂くん、なんて呼び方はちょっと他人行儀過ぎるというか。付き合い始めたんだから今までとは呼び方を変えて欲しいなんていう、人生で初めて恋人ができた俺の理想というか、我儘かもしれないのだけれど。
「陽祐………くん」
「えー。そこは呼び捨てじゃねぇの」
「ちょっと、待って。俺今隣歩けてるだけでいっぱいいっぱいだから…もう少し、慣れさせて…っ」
流石に無理だったらしく、真っ赤になった顔を両手で覆ってる。といっても髪の間から真っ赤になった耳は丸見えだし、最初の印象は恋愛慣れしてそうだと思っていたから、やっぱり意外。
「何だそれ。…まぁいいや、そのうち呼んでくれよ、朔耶」
「…っ、ずるい」
2人でいる時間は穏やかで心地よくて、性別なんて関係なく、きっとこうやって少しずつ惹かれていくのだろう。まだ赤みの抜けない彼の顔を横に見ながら、温かい気持ちで一緒に歩いていく。
きっかけは名前の間違いだったかもしれない。
でもこれは確かな、恋の始まり。
俺に初めてできた恋人は、俺より少し背の高い、同性の同級生だった。
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