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緊張を飲み込むように深呼吸する。
ぐちゃぐちゃでもいい。
思ったことを素直に、ありのまま伝えれば。
「あのね、知ってる曲だったの・・・・・・月の光。優しくて、でも少し悲しくて。その、もっと聴きたいって思ってここまで来たの」
「ああ」
「それで・・・・・・鷹村君が弾いてて。びっくりしたけど、でも!下手なんかじゃない。だって、伝わったから!月の光が見えたの。鷹村君のピアノが見せてくれたんだよ。だから・・・・・・」
最後は真っ白になって、不安に彷徨い揺れる視線。
言葉が浮かばずもどかしさが募る。
鷹村君が奏でた月の光とピアノを弾いていた彼の姿は、こんなにも鮮明に焼きついているのに。
鍵盤を見つめる彼の真っ直ぐな眼差し。
男らしい大きな手と、流れるような指送り。
瞳を伏せた横顔に、私は・・・・・・ーー
「佐伯」
呼ばれた瞬間、ドクンと大きく弾む鼓動。
「ありがとう・・・・・・な」
その言葉が嬉しくて、胸が熱くなる。
ほんの少しでも、私の想いが伝わったのだろうか。
無愛想な彼が照れたように浮かべた小さな微笑み。
それは、私の心に芽生えたばかりの気持ちを実感するには充分すぎて、頬に熱が集まっていくのを抑えることなんて出来なかった。
ひっそりと日陰に咲いていた花の蕾。
ほのかで淡い月の光を浴びたくて、今ようやく太陽のように輝き花開く。
ー完ー
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