【第二章:スズと風のサーカス団シルフ 三】

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「さて、大トリはやはりこのお方。陽気な道化師、その仮面の裏に隠された姿はニャントマタタビ拳の使い手。ネコタミ界最強の呼び声も高い、テン老師その人であります!!」  口上と共に飛び出してきたその影は、階段の上から観客の頭上まで、体操の競技でなら確実に最高難度の技をいくつか繰り出しながら、真っすぐに向かってきた。そして観客たちの真上で片足をあげ、Y字バランスに似た、おかしなポーズを決めた。  そう、オレンジと黒の衣装と、大ぶりで派手な仮面を付けた小柄な道化師は、まるで階段を降りるのを忘れたかのように、何もない空中を走って来て、空中でピタリと静止している。  誰もがポカンと口を開けたまま見上げていると、道化師はようやく、事態に気がついたように自分の足元を見下ろした。  一瞬、ガクンと真下に落ちそうになった道化師は、パントマイムの動きで空中の見えないロープを掴むと、恐る恐る空中にある架空の階段に足を運ぶようにして、ようやく地上まで降りてきた。  気づいた者は僅かだろうが、よく見てみると、その足先は白みがかった青紫色の光を帯びている。  地上に降り立った派手な衣装の道化師は、さっと仮面を取ると大きな仕草でお辞儀をした。  その顔はもともとの長毛に加え、灰白色の長い眉毛や口ひげに覆われており、だいぶ年老いたネコのように見える。  軽快で切れのある動きから、実際に自分の目で見た後でもその正体が老人だととても信じられなかったスズは、ポカンと口を開けたままゆっくりと拍手するしかなかった。  観客は安堵と感心の溜息をつき、人間国宝を称賛するような、穏やかな喜びの笑顔と、誇らしげな表情で喝采を送っていた。
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