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「でも帰りたいとかじゃないの。
覚えてないんだけど、それはしちゃいけない気がするの、私の場合は」
スズは隣に腰かけて、時々ただ、頷いている。
「こっちのみんなは優しいし、家族だし、心配かけたりしちゃいけないんだど……。
だから時々、全部捨てちゃって、忘れちゃったほうが良いのかなって思うんだ。
だけど、私が忘れちゃったら、お母さん、どこにも存在しなくなっちゃう気がして。
……自分でもよく解んないんだ。やっぱりまだ」
写真を戻したロケットを手の中に大切そうに握りしめ、サーカステントの高い天井を見上げてフーカは言った。
もう涙を流してはいない。
「……黙って聞いてくれてありがとう。
下手に『可哀想』とか言われてたら、ぶん殴ってたかもしれない」
ネットから飛び降り、くるりと振り向いて、スズに向って笑った。
「拾ってくれたことも、ありがとう。
……あと、冷たくしちゃって、ごめん。
マレビトの全部が、悪い人や怖い人じゃないのにね。
……警戒しちゃうんだ。あっちで育ってきた人って、なんか」
黙って聞いていたのは言えることが何一つなかったからだったが、フーカの調子がいつものように戻ってきたことにスズは安堵した。
「……そうね。
団員審査にも合格したし、あんたも家族になったんだから、あたしのことこれから、“おねーさん”って呼んでいいよ!」
出口に向かいながらフーカは胸を張る。
「いやそれはちょっと……。
どう見ても同い年くらいっていうか、フーカが今、十四歳なら、オレ一歳年上だし、年齢的にはオレの方がお兄さんだと……」
追いかけながら苦笑してスズは答える。
「何言ってんの? あたしはこの世界で十年も先輩なんだよ!?」
「はぁ……。うーん……考えさせて下さい」
笑いながらサーカステントの外に出ると、涼やかで心地良い風と、美しい鈴の音のような秋の虫の声が一斉に二人を包みこんだ。
澄んだ夜の空気を吸い込みながら、微笑みを交わす。
見上げれば雲一つない夜空から、清らかな月が二人を優しく照らしていた。
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