【第二章:スズと風のサーカス団シルフ 二十一】

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「でも帰りたいとかじゃないの。  覚えてないんだけど、それはしちゃいけない気がするの、私の場合は」  スズは隣に腰かけて、時々ただ、頷いている。 「こっちのみんなは優しいし、家族だし、心配かけたりしちゃいけないんだど……。  だから時々、全部捨てちゃって、忘れちゃったほうが良いのかなって思うんだ。  だけど、私が忘れちゃったら、お母さん、どこにも存在しなくなっちゃう気がして。  ……自分でもよく解んないんだ。やっぱりまだ」  写真を戻したロケットを手の中に大切そうに握りしめ、サーカステントの高い天井を見上げてフーカは言った。  もう涙を流してはいない。 「……黙って聞いてくれてありがとう。  下手に『可哀想』とか言われてたら、ぶん殴ってたかもしれない」  ネットから飛び降り、くるりと振り向いて、スズに向って笑った。 「拾ってくれたことも、ありがとう。  ……あと、冷たくしちゃって、ごめん。  マレビトの全部が、悪い人や怖い人じゃないのにね。  ……警戒しちゃうんだ。あっちで育ってきた人って、なんか」  黙って聞いていたのは言えることが何一つなかったからだったが、フーカの調子がいつものように戻ってきたことにスズは安堵した。 「……そうね。  団員審査にも合格したし、あんたも家族になったんだから、あたしのことこれから、“おねーさん”って呼んでいいよ!」  出口に向かいながらフーカは胸を張る。 「いやそれはちょっと……。  どう見ても同い年くらいっていうか、フーカが今、十四歳なら、オレ一歳年上だし、年齢的にはオレの方がお兄さんだと……」  追いかけながら苦笑してスズは答える。 「何言ってんの? あたしはこの世界で十年も先輩なんだよ!?」 「はぁ……。うーん……考えさせて下さい」  笑いながらサーカステントの外に出ると、涼やかで心地良い風と、美しい鈴の音のような秋の虫の声が一斉に二人を包みこんだ。  澄んだ夜の空気を吸い込みながら、微笑みを交わす。  見上げれば雲一つない夜空から、清らかな月が二人を優しく照らしていた。
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