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あの村で巫女として選ばれた娘は、その一生をこの海と風の神、フォルカロルに捧げなければならない。
男と結婚することはおろか、島から出ることも禁じられていた。
そうして俺たちはある夜、駆け落ち同然で島を出たのだ。
元々海賊だった祖先をもつ村の男たちは血の気が多く、見つかれば二人とも見せしめに殺されかねなかった。
追っ手を逃れて、俺たちはたびたび住居を変えながら暮らした。
そして島から逃げ出して数年たったある年、こいつが産まれたのだ。
彼女は、出産した土地にちなんで、オランダの花の女神、フローラの名前をこいつに付けた。
そして唯一、彼女が村から持ってきた巫女の証である金のロケットを与えてこう言った。
『フローラ・デ・ルシア。
花の女神フローラと、海と風の神、フォルカロルの加護が、貴女の一生を幸せに守りますように』
島を出てから、一度も口にしなかった悪魔の名を口にしたのだ。
嫌な予感がした。
悪魔の名など、他の者が聞いたらどう思うだろう。
どこからばれるかなんて、解ったものではない。
俺は彼女に口止めをした。だが彼女は止めなかった。
俺のいない時に話しかけているのだろう、こいつは舌っ足らずの声で、悪魔の名前を口にするようになった。
何度も何度も何度も。
そんなある日の事だった。
彼女が溺れ死んだのは。
俺が仕事で家を空けている時だった。
熱を出したこいつを医者に見せるために、酷い暴風雨の中、彼女は家を出たのだという。
大水で溢れかえる川を渡るとき、橋の途中で足を滑らせたのだろう、という事だった。
だが、胸に抱かれていたはずのこいつだけは生き残った。
嵐が過ぎ去った後、橋の真ん中ですぶ濡れになりながらも、あったはずの熱もなく、すやすやと眠っていたという。
手には、あのロケットがしっかりと握られていた。
だから俺には解るのだ。
こいつは俺に罰を与えているのだと。
島を出た彼女の命を奪い、俺を一生苦しめるために、あの悪魔は娘の魂と体を乗っ取ったのだ。
だが負けるわけにはいかない。
彼女を殺したこいつを、絶対に娘の体から追い出してみせる。
俺も色々と調べたのだ。
悪魔祓いには、炎や刃で体に傷を付けるのが一番効くらしい。
「悪魔よ去れ」
俺は今日も、娘の腕に煙草の火を押し付ける。
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