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決して光を放っているわけではないけれど、彼女の姿は暗い部屋の中でなぜかくっきりと鮮明に見えた。藍色の着物を着て、長い黒髪を一房簪で結っているのが印象的だ。年齢はその横顔や姿からは察することができない。すらりと立った姿は僕と同じ高校生くらいにも見えるけれど、まとっている雰囲気はもっとずっと歳を重ねた女性のようでもある。
「おや」
先に口を開いたのはその女性だった。眺めていた本から僕に顔を向けて、目を細める。
「あ奴の孫か。まさか儂が見えるとはの」
古い言葉遣いが、若く綺麗な声で紡がれた。言葉からすれば、祖父の知り合いだと思っただろう。けれど僕は、彼女が祖父の知り合いでないことを分かっていた。なぜだか分からないけれど、分かっていた。
この女性に会うのは初めてだ。そんな女性が誰もいるはずのないこの家にいるのは普通に考えればおかしい。僕だってそんなことは分かっている。大声をあげて、父を呼んで、不審者として扱うのが当然だ。
けれど僕は、彼女の姿を見た瞬間から理解していた。彼女は不審者ではない。それどころか、僕と同じ人間ですらない。
「あ奴も、あ奴の息子も儂を一度も見れんかったというのに、まさか孫のお主が儂と波長が合うか」
「あなたは……」
「お主には分かっておろう? 儂が誰か。儂がお主を宮部雪浩と分かるように」
名前を言われて、普通ならどきりとするはずだけれど。やはりこれも、当たり前のことのようにすんなりと受け入れられる。そして彼女が言うように、僕は彼女の名前と彼女が何であるかを知っている。
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