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  春人は扉の前で少し立ち止まる。なんと声をかけたらいいのが分からない。少し怖い気持ちもあった。またなにか言われたらどうしよう、と思うと、思考が停止してしまう。だけどミチルは、大丈夫と言って送ってくれた。だからきっと大丈夫。そう思いながらも明確な答えを出せないまま、春人は野乃花の前に座った。 「ごめんなさい」  あまりにも唐突で、自然で、一瞬誰が言っているのかまるで分からなかった。野乃花が座ったまま深々と頭を下げている。真っ直ぐ伸びた黒髪が理科室の机の上に落ちる。頭のてっぺんのつむじがよく見えた。  春人は慌てて頭を上げるように促した。でも野乃花は決して頭を上げなかった。わなわなしていたけれど彼女がてこでも動かないのを悟って、しばらく座っていた。  ゆっくり語りかける。 「野乃花ちゃんが教えてくれたんでしょ。僕の居場所を……ミチルに」  野乃花は反応して僅かに顔を上げた。 「海に聞いてくれたんでしょ」 「……まさか鉄パイプ持って二階の窓ガラス割りに行くとは思ってなかったけど」 「ありがとう……冗談抜きで死ぬところだった……本当にありがとう」 「ありがとうなんて言わないで」  彼女は顔を上げるとすごく痛切な顔をして春人を見た。悲しそうだったけど少しも被害者ぶっていない。 「私は……復讐したかっただけ……私のママのために……おかしいよね。でも本当に、そうだったの。そういう気持ちだった」  声は淡々としていたけれど感情を抑えきれていない。彼女の告白には分からない点がいくつかあったけど、水を差せるような空気じゃなかったし、春人は黙って野乃花の話に耳を傾けた。 「私に魅力がなかった。ただそれだけの話なのにあなたに当たり散らすのは間違いだった……おかしかった、私は……本当に、ごめんなさい」  彼女は心から懺悔しているふうだった。以前の彼女からは信じられないほど素直で屈託がない。そんな彼女の痛恨の謝罪を何度も聞いていると、本当に申し訳ない気持ちになった。
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