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 シャワールームを出て、鏡に映る自分を見つめた。  裸の体は細くて筋肉もついていない。細かい傷から深い傷まで、たくさんの傷がついている。誰がつけたのかも分からない鬱血の痕が花びらのように散っていた。まだ水滴の滴り落ちる髪を耳にかければ、長い前髪で影になっている顔が露になる。普段は前髪で隠れている若干垂れ気味の気の弱そうな大きな瞳が、鏡越しの自分と見つめ合っていた。笑顔を作った。媚びに満ちた完璧な笑顔。少し歯が出るように笑えば一気にあどけない感じになる。それにも関わらず左目の下のほくろが艶っぽさを決して奪わない。  今日のベビードールは紫。胸元の大きなリボンが、男の胸板でさえも柔らかい印象を作ってくれる。左の脇で交差している生地は、そこがレースの散りばめられたスリットのようになっていて、着た者の太ももをあでやかに際立たせた。  ベビードールにはコルセットのようなものや、腰下で丈が終わっているものもあるけれど、ワンピースタイプのものが一番好きだ。そのタイプのものしか作らないメゾンがある。そのメゾンのベビードールは、少しも媚びず上品で気高い。生地からレースに至るまで少しも妥協しないこだわりや、着心地の良さはどのメゾンのベビードールにも敵わない。  I区の真ん中にそびえる唯一立派なビルのショー・ウィンドウに飾られているそのメゾンのベビードールを一目見た時とても心を揺さぶられた。  こうでありたいと切に願った。  だから今こうしてICHIKAのベビードールを着ている僕は護られている。着飾ることで護られている。ベビードールをまとった僕は、僕とはまた別の僕なんだって、そう思える。ICHIKAのような自分を演出できる。  華奢という言葉では足りないくらい酷い細さの肢体は、普段は自分を信じられないくらい嫌悪させるけれど、女物のベビードールをしっかり着こなすことができるという点においては気に入っている。  高揚する。
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