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この頃は暑い日か、豪雨か二つにひとつの日が続いている。特に目立った事件もなく里帰りだけした盆休みも終わり、俺の日常は例によって、周りとうまくやれないまま、どんよりとした営業時間が続いていた。
五月病は乗り越えたものの、だから会社に馴染めたということではない。なんとなく限界が見えた気がしていた。こんな土砂降りの黄昏時は特にその思いが強くなる。
傘をもたない俺は、駅から二十分は歩くアパートまで、どうしてたどり着こうか切符売り場前で考えていた時だった。
向こうから息を弾ませて走って来る娘がいる。 どこかで見た様な姿。手にしっかり持っているのは、あれは確か…。
「お、お久しぶりです先輩」
「おう、本当久しぶりな」
突然の事にちょっと面食らったが、なんとか言葉にした。彼女の真っ直ぐな視線に、どぎまぎしながら。
「前に駅で見かけて、それで、あの、傘返そうと思って…」
「そか。そうだったな…」
見たような傘は忘れていた俺のだった。
その娘は大学時代の軽音部の後輩。 ギターリフの特訓をした帰り道、通り雨に降られて、たまたま俺のリュックに有った折り畳み傘だったのだ。
身長に少しばかり差があった為、駅までが窮屈な相合傘だったのを憶えている。
先に電車を降りる時、家が近いという理由でそのまま渡して雨の中走ったっけ。
「すぐ返そうと思ったんですけど、あれから先輩クラブへ来なくなったでしょ」
きゅっと睨んだ彼女の目に、射すくめられた気がした。そう言えば、今の会社への就活で部活動から遠のいていた。でも彼女の家はこの次の駅だったのでは?
俺の疑問が顔に現れたのか、慌てたように彼女は言葉を続けた。
「あ、私家は隣町なんですけど、友達がいてよく来るんですよ。二人で歩いてた時に先輩見かけて。でも私メアドとか知らないし…」
まさか、それから雨の日を選んで張ってたのか?
「あの、先輩○○物産ですよね。私も先輩と同じ会社…て言うか、真面目にそこ就職先に考えてて。OB訪問っていうか、相談に乗って貰えませんか?」
たどたどしい言葉が、熱いシャワーの様に心に染み入ってくる。一気に目が覚めた気がした。本当にウチの会社に彼女が来てくれるなら、どんよりした日々も一変するだろう。
「分かった。じゃあ、そこの喫茶店でも行く?」
「はいっ!」
元気のいい声だった。
[了]
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