39 課長と部下、その距離は

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「昨日はゆっくり休めました?」  午前中、今年初の外回りでせわしなく動き回った後、昼過ぎに会社に戻ってきた。というか、出社した。営業課へ向かいながら、廊下で手前を歩く、良く知っている背中に遭遇する。出社し一発目に遭遇した会社の人間が要って、ラッキーだなって思いながら、そっと近づいた。いきなり声をかけたら飛び上がるかなって。  でも、ほんの少しの時間すらもったいないのか、書類に目を通しながら歩く細い背中は昨日一日を休養に費やしてもまだ残っている疲れのせいでいつもよりも少しだけ丸まっている気がする。 「あ、たか……庄司」  廊下じゃ、要って呼ぶわけにはいかなくて、親しい関係ってバレるわけにはいかなくて、花織課長って、敬語で話しかけないといけない。 「ちょ、おい、あんた、平気か?」  でも、声をかけられて振り返った要の顔色が真っ青で、ここが社内とか、廊下だとか、上司だとか一瞬でどうでもよくなった。 「平気だ。それよりも今週、監査が……」 「は? 監査? そんな予定」 「急だから、支度をしないと」  午前中は外回りだったせいでまだメールは見てないけど、最近、要がこんなにかかりっきりになっているのは新規のバカでかい商社しかない。 「おいっ! 要っ!」  真っ青だ。 「バカ、たか、庄司、ここは社内だぞ」  諭されて思わず舌打ちしてた。そのくらい、上司部下とかどうでも良くなるほど、要がしんどうそうだった。眉間の皺は厳しい雰囲気とは違う深さ。苦しそうで、見ているだけで、今、この人を引き止めようと腕を掴んでいる手が力を込めてしまう。 「……花織課長、ちゃんと寝ました?」 「寝た」  嘘だろ。寝てない。寝てるのなら、その真っ黒で綺麗な瞳の下瞼にあるクマはなんなんだよ。どうせ、急に入った監査の準備を家でしてたんだろ。 「飯は?」 「食べた」  監査は会社に対しての査定みたいなものだから、前準備が必要だ。相手に見せる書類の不備はないか、どういうところを顧客は気にするのかリサーチをして、向こうがこの会社になら任せたいと思うだろう信頼を得るための重要な機会。
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