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新規の客の監査なら、尚更、準備はしっかりしないといけない。もちろん、相手側だってそんなのは充分理解しているから、事前に打ち合わせをしつつ、最低でも二、三週間の猶予はくれるはずだ。こんな数日後に監査に行きますなんて無茶苦茶な話、聞いたことがない。
「昨日のことじゃないですよ? 今朝と昼飯のこと」
「……食べた」
また、嘘だろ。眉間の皺が深くなった。
昨日は一日休んでいたはずだ。昼近くまで寝て、起きて、洗濯して、でも、その後、仕事をしてたのか? 朝、ゆっくりしてくれって俺がメッセージを送ってから一度も連絡がなかった。別に小うるさい女じゃあるまいし、返信がないからって文句を垂れるつもりはない。その返信を打つ間もこの人がゆっくりできたんだったら、それが俺にとっても一番良いって思ったんだ。
なのに、なんで、そんな真っ青なんだよ。真っ白な肌はほんの少し俺が突付いただけで綺麗なピンク色に染まるはずなのに、なんで、そんなに冷たい色してんだよ。触れたら、氷みたいに冷たそうな肌色。
「庄司、悪いが、まだ」
ここが社内じゃなかったら、絶対に――
「部下を垂らし込むのも上手なようで、さすが、花織新営業課長」
絶対に? 抱き締めてた? そんなことしてまた理性がぶっ飛んで? 要に無理をさせるかもしれない?
「新規相手に大変そうですな」
「あ……」
青白かった要の表情が一気に最悪レベルにまで下がる。俺たちの目の前には前の営業課長がいた。窓際に追いやられて、要のことはそりゃよく思ってなかっただろうが、今まで、新営業課長の功績に何も文句を言えずにいた奴が、今だ! って顔をして要に棘を刺す。
「美人新営業課長は、部下を取り込むのも上手なようだ」
「っ」
何、言ってんだ、この人。
「皆、影でコソコソ言ってますよ。あんな大きな商社が急にうちに大量発注なんてありえない。何かあったんじゃないかって」
「は? おい、あんた」
悔し紛れにおかしなことを言ってんじゃねぇぞって、言おうと口を開いた俺を、要の手がぐっと引っ張って強く制止する。元だろうがなんだろうが、上司なんだぞって、そんな口の訊き方はしてはならないって、眉を吊り上げて無言で止める。
「そんなことはしていません」
「どうだか。だって、向こうさんの社長、花織新営業課長の知り合いらしいじゃないですか!」
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