40 阿呆だ

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 一番厳しいダメ出しを毎回食らってる山口にはいまだに要は鬼課長なんだろう。いつだって、なんでこんなポカミスをするんだ、何回確認しても、レ点をつけてみたところで、ちゃんと目を通してないのなら確認とはいえないんだぞ! なんて、指摘じゃなく、叱られてるから。  でも、荒井さんは気がついてる。もしかしたらこの会社の人間は薄々気がついてる。要が眉間の皺を消して、少し微笑むだけで、その鬼みたいな印象は一瞬で消し飛ぶって。あの、綺麗な笑顔を向けられたら、いくら同性だって落ちるんじゃないだろうかって。  あんなでかい商談がそう簡単にまとまるなんてことはありえない。うちが赤字覚悟の低コストで提案したか、もしくは何か別のコネクションがあったのか。そう考える人間はきっとたくさんいるだろ。 「俺、見積もりのダメだし、すげぇ食らうからわかるんです」  要は美人だから、男だって、魔くらい差すかもしれないって、思う奴だって。違うってわかってるし、バカじゃねぇから、俺はそこまで阿呆じゃないから、そんな呆れるような疑念は持たない。でも、噂が立つってことは、そう思ってる人間が少なからず。 「すっげぇ真面目な人だから、色仕掛けで仕事なんて取らないっすよ」  いるって、ことだ。でも、それを山口がいとも簡単に否定した。 「だって、工程ひとつ飛ばしてるとかそっこうで見つけるくらい、この仕事、まだ就いて間もないのにわかってるんすよ? サービスとかするとすぐ見つけて怒るし。仕事なんだぞって」  山口が商品につける品質保証票をサービスにしようとしたら、要はそれも大事な仕事なんだぞとすぐに見積もり金額に入れ込むよう修正させた。この保証票はその品が安全で、基準をしっかり満たしていると証明する大事なものなんだ。それをタダにしてはならないって。 「サービスで少しでも他社との差を、なんてこと、花織課長はしないっすよ」  何度も何度も叱られ、見積もりをやり直しさせられ、でも、そうやって山口が獲得した顧客たち。数は少ないだろうが、でも、こいつはその顧客としっかりビジネスをしてる。要が、鬼の花織課長が山口に叩き込んだんだ。 「そうだよね」 「そうっすよ」  空気に色はついてない。でも、たしかにこの部屋の空気が暖かい色になった気がした。
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