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俺はあんな噂に疑心暗鬼になるようなアホじゃないが、要のことをちゃんと理解してなかった大バカだ。
「あ、え? たか、庄司?」
「おかえり……もう誰もいねぇから、普通にしてれば?」
部屋に入ってくるなり、入り口に一番近い場所にある俺のデスクで、俺を見つけて、要が一歩下がるほど驚いて声を上げた。顔色は相変わらず最悪だけど、俺たちしかいないって、ふたりっきりの時の口調で話すと少しだけ緊張が解けた気がする。
そうだ、要はそういうところが不器用なんだって、俺はわかってたつもりになってた。
「お疲れ。何飲む? コーンポタージュ?」
「ぁ、いや……コーヒーがいい」
「……オッケー」
相当疲れてるんだろ。要はコーヒーがあまり得意じゃない。見た目、しっかりしてそうだからブラックコーヒーとか似合いそうなのに、好んで飲むのはミルクも砂糖もたっぷり入れたお子様でも飲めるようなコーヒー牛乳だ。でもそんな甘いのが飲みたくなるくらいに疲れてる。
コーヒーをあのすぐへそを曲げる自販機で買って戻ると、要が椅子の背もたれに身体を預け、重たい溜め息を吐いてた。眼鏡を外して疲れた目を休めるのか、眠たいのか、ぎゅっと目を閉じて、眉間に皺を刻む。
「要、コーヒー」
「あ、ありがと」
「熱いから気をつけろよ」
「……あぁ」
笑った顔も疲れてた。
「監査、大丈夫?」
要の席はこの課を全部見渡せるデスク。その背後にある壁に背を預けると、要が口元だけ力なく笑ってから、「どうだろな」と肩を竦めた。
監査の準備なんて到底間に合わない。それでもできる限りのことはしないといけないだろ? もし、監査で不備が見つかったりして、それが商談へ亀裂となって影響を及ぼしたりしたら、そう思って、今日は取引先の外注へ監査の予行練習を兼ねて出かけていた。監査となれば、うちがかかえている外注企業への見学だって入ってくる。そっちで問題があったら、うちとは無関係ってわけにはいかないから。ギリギリまでできる限りのことはしたい。
もしもおかしなコネクションで獲得できた仕事だとしたら、こんなに必死に頑張るわけがない。
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