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コンビニに戻り、ガラスの壁に寄りかかっていると、もっちゃんが店から出てきた。
うんざりしたような顔をこちらに向ける。一方で、私はどこかほっとしていた。
「お前、帰れって言ってるだろ」
「……ストーカー」
「え?」
「まだ、たぶん、そこにいる……」
私はバレないように、小さく指を指した。
その手は、震えていたかもしれない。
痴漢や変質者には、今までに何度かあったことがある。でもだからと言って、慣れることがないのが不思議だ。
もっちゃんは、まさか、と軽い調子で答えた。しかし、私が指差した方をじっと見ると、ゆっくりとその方向へ歩いていった。
歩道を渡り、閉店した八百屋の角を曲がり、その姿が見えなくなる。そのまま、もっちゃんは帰ってこない。
まさか返り討ちにあってるのでは……と、段々焦ってくる。しかしおろおろして数分が経った頃、彼は八百屋の暗がりからひょこっと顔を出した。
その顔は無表情で、何かあったのか分かりにくい。
「……逃げられた」
もっちゃんは戻ってきて一言、そう言った。
しかし、それだけでも安心した。ただのおじさん――もとい、お兄さんだったもっちゃんが、一瞬だけ頼もしく見えた。
もっちゃんが、真剣な顔でこちらを見つめる。そこにいつも感じるような面倒臭さや煩わしい感情は無く、思わずどきりとした。
「お前、名前は?」
唐突に聞く。補導でもするつもりか、と一瞬抵抗感が芽生える。
「……何? 比奈だけど」
「世の中物騒だって、これで分かっただろ。家に帰れ。親御さんが心配してるだろう。連絡はしてるのか」
私は答えない。今頃母は私のことなど忘れて、どっかの男と遊んでるでしょう、などと言っても仕方がない。
微妙な間が流れる。それでももっちゃんはその視線で私に答えを求め続けるので、私はわざとおちゃらけてみせた。
「……こんな仕打ちを受けて、さらにお説教は勘弁だよ。ちょっとだけ、中で寝させて。ね!」
私はへらへらと笑ってみせると、もっちゃんはため息をつき、また店内へと戻っていった。
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