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その唐突な言葉に、私は返事をできなかった。
頭が、回転していない。もっちゃんは私を気にせず、前を進んだまま続ける。
「お前を置いて、不倫相手と結婚するんだと。ひどい話だよ。俺は親になったことはないけれど、自分の幸せのために子どもを置いていくなんて、とても許せないね」
私は驚いていた。その話の内容にではない。
「……なんでそんなこと……」
知ってるの。
そう言いかけて、言葉を止めた。
不意に、もっちゃんがこちらを振り返ったからだ。
私たちは三叉路に辿り着いていた。
それは国道を含む大きな交差点で、長距離輸送車の通り道なのか、こんな夜更けでも定期的に大型車が通り抜けていく。
大通りの割に、辺りに街灯は少ない。暗闇の中、スピードを上げたヘッドライトが瞬間、私の目に飛び込んでくる。
……頭痛がする。
電子音が鳴り響いている。
「……どうして、ここに、連れてきたの?」
私はくらくらする頭の中、流れる三叉路の車をただただ眺めていた。
体が震える。それを支えるように、もっちゃんの手は私の腕を離さなかった。
そしてどこか寂しそうに、私の目を見据える。
「もう、十分寝ただろ? 起きてもいい頃だよ」
「……嫌だ。みんな私を捨ててく。私は誰からも、必要とされていないもの」
「お前のことを待ってる人なら、ちゃんといるよ。ほら、聞こえるだろ。お前を呼ぶ声が」
頭の中に、規則的に鳴り響く電子音が聞こえる。
……それは、現実への入り口だ。
戻りたくない。違う。私を待ってる人なんて、誰もいない。
私は首を振った。
「……聞こえないよ、何も聞こえない……」
「大丈夫だよ。ちゃんと耳を澄ませろ。……ほら」
もっちゃんがそう言うと、どこからか、声が聞こえてきた。
電子音の隙間から、誰かが私の名を呼んでいる。
何度も、何度も。その声はどこか懐かしい響きで、徐々に鮮明になりながら頭の中に落ちてくる。
〝……比奈、比奈〟
「……私にも、待ってくれてる人が、いるの?」
私は救いを求めるように、もっちゃんの目を見つめた。
その問いに、小さく頷く。
「……ほら、もう夜が明ける」
もっちゃんがそう言って笑った。
……もっちゃんの笑顔を見るのは初めてだった。
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