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壱
目を覚ますと、まんまるい月が空に昇っていた。
全てがいつもと違う夜だった。世界中が眠りについているかのよう。いつもなら灯りのついているはずの家や店が、何故かその夜だけは静まりかえっていた。
私は、裸足のままその夜に足を踏み出した。とん、と地面に下りたとたん、月の光を浴びた髪が、一本一本、淡く光り始めた。やがてその光は体中を包み、気づくと私は宙を走っていた。
「緑葭」
玲瓏な響きが私を呼んだ。
声の方を見ると、大いなる竜が白銀に輝きながら飛翔していた。
「白竜!」
大きく手を振って応えると、大いなる竜は、優しい眼差しを私に注ぎ、竜鱗を煌めかせながら天高く昇っていった。
ゆっくりゆっくり足を進めているはずなのに、私は風と同じ速さで世界を巡っていた。
そうして夜空を駆けていたとき、私は、地上に光るものを見つけた。他の者が皆寝静まっているなか、そこだけとても賑やかだった。
興味を引かれ、風に別れを告げてそうっと降りていくと、そこは爽やかな竹林だった。
胡弓の音が伸びやかに天まで響き、鈴を転がすような声が、月夜の別れの歌を唄っていた。
不慶有恨、何事長向別時圓
人有悲歡離合、月有陰晴圓缺、此事古難全…
私は竹の葉の上に座り、その甘美な歌声に聞き惚れた。
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