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なんて脳天気なんだ。
でも、思った通り。この人の思考回路はとにかく前向きなのだ。俺は小さく笑った。
「そうですね。毎日同じメンツだと、もしかしたらそういう人もいるかも。でも違うんです」
握りしめた手に、汗がにじんできた。そして、全身が冷えていく。
「俺は加賀さんの降りる駅しか知りません。他の人なんて見てない」
「え」
「俺は毎朝、あなたを見てたんです。すごく、綺麗だと思って。見てるだけでよかった。でもあの日、本に集中してて、降りる駅なのに、気づいてなくて」
俺は顔を上げた。加賀さんを見る。面食らった顔で、呆然としている。俺は「すみません」と謝って、苦笑する。
「でもほんと、ストーカーとかじゃないです。電車の中でだけ、ほんの数分だけ、毎日見るのが楽しみだった」
加賀さんは何も言わない。微動だにせず、立ち尽くしている。俺は目を逸らし、自分の手を見つめた。握りしめたままの手は、白かった。
「もうあの電車に乗りません。だから安心してください」
「倉知君」
加賀さんの冷静な声が頭の上に降ってくる。
「あの日、朝から会議だったんだ。遅刻してたらやばかったし、助けてくれて感謝してる」
何も言えなかった。この人は本当に大人だ。泣きそうになる。好きになってよかった。
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