加賀編 「七世」

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 ああ、こういう言い方は傷つくか? 女みたいで嫌いだと言っているのに可愛いはなかった。倉知は顔を覆って黙ってしまった。 「あー、悪かったよ、可愛くない可愛くない」 「違うんです、俺、今初めて、この名前でよかったと思って」  嬉しいんかい。つくづく面白い奴だ。 「加賀さんは下の名前、なんていうんですか?」 「それ訊く?」 「え、なんでですか」  尻ポケットから財布を出す。カード類の中を家捜しして、自分の名刺を見つけだした。 「やるよ」  倉知は両手で名刺を受け取った。一端の営業マンのようだ。こいつはやはり高校生らしくない。ふははと笑う俺を不思議そうにしながら視線を名刺に注ぐ。 「かが、さだみつ、さん」  そう、やたら古風でじいさんみたいな名前なのだ。俺も自分で下の名前が気に入っていない。 「定光さん」 「やめれ」 「カッコいいじゃないですか。ああ、だから歴史物が好きとか? 司馬遼太郎の本読んでましたよね」 「何その発想。どうでもいいけど倉知君」 「はい」 「注文しない?」  俺たちは顔を見合わせて笑った。  店員を呼んでオーダーを済ませると、手持ち無沙汰になった。こういうときマナーの悪い奴なら、颯爽とスマホをいじり始めるのだが、倉知は背筋を伸ばして行儀よく待っている。忠犬、という言葉が脳裏に浮かぶ。
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