8109人が本棚に入れています
本棚に追加
ああ、こういう言い方は傷つくか? 女みたいで嫌いだと言っているのに可愛いはなかった。倉知は顔を覆って黙ってしまった。
「あー、悪かったよ、可愛くない可愛くない」
「違うんです、俺、今初めて、この名前でよかったと思って」
嬉しいんかい。つくづく面白い奴だ。
「加賀さんは下の名前、なんていうんですか?」
「それ訊く?」
「え、なんでですか」
尻ポケットから財布を出す。カード類の中を家捜しして、自分の名刺を見つけだした。
「やるよ」
倉知は両手で名刺を受け取った。一端の営業マンのようだ。こいつはやはり高校生らしくない。ふははと笑う俺を不思議そうにしながら視線を名刺に注ぐ。
「かが、さだみつ、さん」
そう、やたら古風でじいさんみたいな名前なのだ。俺も自分で下の名前が気に入っていない。
「定光さん」
「やめれ」
「カッコいいじゃないですか。ああ、だから歴史物が好きとか? 司馬遼太郎の本読んでましたよね」
「何その発想。どうでもいいけど倉知君」
「はい」
「注文しない?」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
店員を呼んでオーダーを済ませると、手持ち無沙汰になった。こういうときマナーの悪い奴なら、颯爽とスマホをいじり始めるのだが、倉知は背筋を伸ばして行儀よく待っている。忠犬、という言葉が脳裏に浮かぶ。
最初のコメントを投稿しよう!