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周囲を見回した。店の人間は後片付けをしている。客は俺たちの他に二組いたが、席が離れていて会話は聞こえない。誰もこっちに関心を示していないことを確認してから口を開いた。
「キスしてやるよ」
倉知が持っていたヘラを落とす。ガラン、とやかましい音を響かせて鉄板の上で跳ねた。
「大丈夫か?」
「すいません」
想像以上に動揺が激しい。純情というか、純真無垢というか。穢れを知らない処女だ。この場合、童貞か?
「倉知君って、ど」
「ど?」
「ドーナツ好き?」
「え? いえ、特には。なんでですか?」
「好きそうな顔だなって」
「そんなこと初めて言われました」
九分九厘、童貞だろう。訊くだけ野暮だ。最近の高校生はませていて、初体験の年齢も早くなっているが、中には倉知のような奴も存在する。清く正しくて安心する。
俺には歳が離れた弟と妹がいる。先日、弟が彼女を孕ませて、まだ十八にもなっていないのにもうすぐ父親だ。昔からちゃらんぽらんな奴だったが、無計画にもほどがある。
そういえば弟と倉知は同い年だ。だからだろうか。何かほっとけない気がする。
「はい、キスを賭けたクイズ第二問。加賀さんはどの種目をやっていたでしょうか」
二枚のお好み焼きを裏返しながら言った。倉知は俺の手元をじっと見ている。
「制限時間は焼き上がるまで」
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