倉知編 「奇跡」

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 視線を戻して血の気が引いた。風香が俺の鞄から本を取り出していた。 「わっ、ちょっと!」 「何これ、小説?」  風香が文庫本をぺらぺらとめくる。 「そ、それ、俺のじゃなくて」 「倉知君、こういうの読むんだ」 「いや、だから俺のじゃないんだって」 「さすがだよねー」 「さすが?」  はい、と本を返してくれた。両手で受け取って、安堵の息をつく。そこでチャイムが鳴り、風香は自分の席に戻っていった。  さすがとはどういう意味なのか。  おそるおそる本を開いた。文字の羅列。なんだか難しそうな雰囲気だ。  そなたを、申さねばならぬ、奈良屋の、庄九郎。  単語を拾い読みし、ホッとした。これは歴史小説だ。  一枚目を見ると「国盗り物語」とあった。司馬遼太郎だ。  よかった。あの人が夢中で読んでいたのがこの小説でよかった。  はあ、とため息をつく。疲れた。自分でも、何を期待していたのかわからない。  とにかく明日、本を返そう。それまではもう誰にも触らせない。厳重に保管しておかねば。傷一つ、つけてなるものか。
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