ウサギ

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ウサギ

「モノクロームばかりね、貴方の写真って」 「光を映すのに、色は邪魔だから」 「それに風景ばかり。噴水、広場、中世の砦に墓地…… どうして人物を撮らないの?」 「興味ないんだ」  彼女の部屋は、一等寝台車の個室だった。  出入りする扉は、専用の鍵で施錠が可能。室内には専用の洗面台に加えて、驚いたことにトイレとシャワーまで備え付けられている。  オレのチケットの数倍の料金を支払っているのだろうけれど、そのことを尋ねても「お金のことは知らない」と唇を歪めながら一蹴された。  室内には、オレのバックパックとは似ても似つかない瀟洒な作りの革製スーツケース。  旅慣れた様子だけれど、貧乏旅行でないことは明らかだった。オレの視線に気付いた彼女が、自嘲気味に鼻を鳴らす。 「初めての一人旅なの、イギリスから。でも、結局は家の者が全部お膳立てしちゃって。私はそれを辿るだけ」 「家の者」というのは、どういった人物を指すのだろう。具体的にはよくわからなかったが執事とか、そういう意味だろうか。  気の利いた言葉が浮かばないオレは、さっき彼女に渡した林檎に手を伸ばす。
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