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名も知れぬ駅
彼女の個室前の廊下には、大きな車窓から射し込む薄明が青く満ちていた。
夜明けが近いらしい。
この列車はスペインからポルトガルの首都リスボンへ、背後から追い掛けてくる朝日から逃がれる様に、西へひた走っている。
車窓からの眺めにしばらく視線を浴していると、荒野に混ざる田園の比率が僅かに高まってきていることに気付いた。
乗降口付近に灰皿を見つけ、懐の煙草に伸ばした手がピタリと止まる。
バックパックはもちろんのこと、いつも煙草を放り込んでいるオイルドジャケットも彼女の部屋に置き忘れてしまった。
自分の不注意に溜め息を吐いて、どうしたものか逡巡する。個室の扉が薄く開いて、濡れた彼女が顔を覗かせた。
「Come in.(入って)」
それだけを短く告げると、細い腕で扉を支えて待ってくれている。
オートロックドアなのだと気付いて歩み寄りながら礼を伝えると、彼女は紅潮した頬を微かに緩ませた。
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