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二人で窓際に向かい合って立ち、線路の継ぎ目を越える車輪の音色に耳を澄ませる。
長い黒髪を櫛で梳かして、無造作に後ろへ流す彼女。
淡桃色に輝く薄い唇。高く稜線を描いた鼻筋から、低くハミングが漏れ始めた。一つの旋律が微細に形を変えながら、幾度も繰り返されていく。
視線で問い掛けると「私が育った地方に伝わる、古い民謡よ」と照れた様に呟く。
身振りで続きを促しても、なぜか怒った様にこちらをジッと見つめたまま黙り込んでしまった。
やがて、夜行列車が速度を微かに緩めるのが、身体に感じられた。何処かの駅に停車するのだろう。
「夜が明けたわね」
「あぁ。君は何処まで行くの?」
「リスボンよ。二、三日観光してから飛行機に乗って、ロンドンへ帰るわ」
「そう。オレはここで降りる」
「え、リスボンまで行かないの?」
「行くよ。でも、途中でいくつかの街に寄って、写真を撮りたいから」
「それは…… きっと素敵でしょうね」
彼女がその後に呟いた言葉は、減速する車輪の甲高い音に紛れてよく聞こえなかった。
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