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「Can I get a cigarette?(一本もらって良い?)」
窓外に向けたオレの横顔に、囁かれた言葉。
それを理解するのに数秒かかったのは、その言語に馴染みがなかったせいではない。米国英語と異なる独特の抑揚と明瞭な音の連なりが、耳慣れなかったからだ。
こんな旋律の言葉を、オレは知らない。
視線を上げる。半透明の鏡面となった車窓を介して、オレの横に立つ人物と目があった。ゆっくりと瞬きしてから、振り返る。
黒色に流れる髪、高い眉稜の下で鳶色の瞳がこちらを見つめていた。頼りない照明の元でもそこだけが薄く光を放っている、冷たい質感の瞳孔だった。
煙草の箱を振って一本差し出す。
薄い唇にそれを咥えた彼女の視線は、無垢な期待を微かに乗せてオレに向けられたまま。ライターを持っていないのだと気付いて、仕方なくポケットを探った。
オレから受け取ったそれを慣れない手つきで操り、浅く一口吸い込む彼女。その顔が、大げさに歪んだ。
「強い煙草吸ってるのね。なんていう銘柄?」
「Fortuna.(フォルトゥーナ)」
「初めて聞いたわ」
「幸運っていう意味のスペイン煙草。世界で一番売れてるらしいよ」
「それ、ホント?」
「スペイン人の爺さんが言ってた」
「この国の人って、なんでも大げさに話すのね」
唇の端を微かに歪めて、首肯。
タタン、タタン、という車輪の音色を肴に、無言のまま煙草を口に運ぶ。
天井から注ぐ琥珀色の照明に、二人分の白煙が踊っていた。
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