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「お盆は海に入っちゃいけないよ」 そう言うとTさんは、「昔、家族で海水浴に来たときに海の家のお婆さんがボソッと言った言葉を今でも覚えています」と話してくれた。 お盆は亡くなった人達が帰ってくる日。そんなときに海にいると引き込まれてしまうのだそうだ。 「でも、今の時代お盆なんて関係なくみんな海で遊んでいますよね?」 「そうですね。でも……」 なぜか言い淀むTさん。きっと何かを見たのだろうと先を促すと、「実は、これも子どものときなんですが」とポツリポツリ話してくれた。 その日、Tさんは家族で車にのって墓参りに向かっていた。運転席には父親、後ろに母親と妹、助手席にはTさんが座っており、後ろの二人は長時間車にいて疲れたのか眠りこけていた。 車は、ちょうど有名な海水浴場のあるO市の国道を走っていた。トンネルを抜けると青い海が眼前に開け、その美しさにTさんは見とれていた。 国道は海に近づき、次第に観光客の様子がわかるくらいになってきた。砂浜でバーベキューやビーチバレーを楽しみ、海ではしゃぐ人々ーー。Tさんはあれ?と思った。海辺から数十メートルほど離れた沖の方で、こちらに向かって手を振る白い水着姿の女性の姿があったからだ。 あんなに遠くから車の中にいる自分の姿なんて見えているのかなぁと疑問に思ったが、見てと言わんばかりに両手を激しく振るので、控え目に手を振ってみた。すると、通じたという感じでさらに大きく手を振るので、Tさんは思い切り手を振り返そうと窓を開けたが、水面には誰もいなかった。 「僕がきょとんとしていると車の窓が閉まりました。父が運転席側の操作で閉めたんですが、その顔は真っ青でした」 「お父さんも同じものを見たんですか?」 Tさんは静かに首を横に振った。 「家に着いたあと父に聞いたら、無数の白い手が海に浮かんでいたというんです。あんなに真っ青な顔だったんだから父は冗談で言ったわけじゃないと思います」 驚きながらも今の話をメモ帳に書き込むと、Tさんがそう言えばと思いついたように言った。 「海の家のあのお婆さん、僕以外家族の誰も見てないって言うんですよね」
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