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「孝人さんは? まだ帰ってないみたいだけど」
指についたみたらしを舐めながら、私は千鶴に尋ねた。
「今日は会議で遅くなるから先に食べててって。だから、美里ちゃんが着替えてきたらすぐご飯」
「そっか。じゃあ着替えてくるね」
「もうご飯よそっちゃうから急いでね」
「はーい」
千鶴に背を向け、私はキッチンを後にしようとした。
けれど、なぜかふと心にちくりと刺さる感情があって、私はもう一度千鶴の方へと身体を向けた。
「ん、なに?」
すでにしゃもじを手に炊飯器の前に移動していた彼女は、小首を傾げて私を見ていた。
その顔を見ると、刺さっていた棘が溶けるような感覚が胸の中に広がって、私は微笑ながら首を振った。
「ううん、千鶴さんつまみ食いしてないかなと思って」
「失礼な。今日はしないわよ」
そう言って、千鶴はぷっくりと頬を膨らませた。
やっぱり小学生みたいだと思って、私は笑い、今度こそ廊下へと足を動かした。
千鶴に育ててもらってよかったと思う反面、時々思うことがある。
千鶴が本当の母親だったらよかったのに。
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