第3章

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「孝人さんは? まだ帰ってないみたいだけど」 指についたみたらしを舐めながら、私は千鶴に尋ねた。 「今日は会議で遅くなるから先に食べててって。だから、美里ちゃんが着替えてきたらすぐご飯」 「そっか。じゃあ着替えてくるね」 「もうご飯よそっちゃうから急いでね」 「はーい」 千鶴に背を向け、私はキッチンを後にしようとした。 けれど、なぜかふと心にちくりと刺さる感情があって、私はもう一度千鶴の方へと身体を向けた。 「ん、なに?」 すでにしゃもじを手に炊飯器の前に移動していた彼女は、小首を傾げて私を見ていた。 その顔を見ると、刺さっていた棘が溶けるような感覚が胸の中に広がって、私は微笑ながら首を振った。 「ううん、千鶴さんつまみ食いしてないかなと思って」 「失礼な。今日はしないわよ」 そう言って、千鶴はぷっくりと頬を膨らませた。 やっぱり小学生みたいだと思って、私は笑い、今度こそ廊下へと足を動かした。 千鶴に育ててもらってよかったと思う反面、時々思うことがある。 千鶴が本当の母親だったらよかったのに。
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