ネット裁判員

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「訴状によると被告の数だけでも数百人になるよ。志望校の学長まで『学費が高いから』という理由で訴えるのはさすがに言いがかりじゃないかな。少し的を絞って、あなたと疎遠になった友人と倒産する原因を作ったお父さんの友人たち、でいい?」 「はあ!?あんたたち何の権利があってそんなこと言ってるわけ!?さてはエリナに泣き寝入りさせるために雇われた権力の犬なんでしょ!?」 「いやいや。いくらネット裁判でも『ムカつく』ってだけで告訴するのは無理だよ。借金取りの人たちなんかは微妙だけど……、逆にリアルで解決した方がいいと思うんだ」 「権力を笠に着てエリナを黙らせるなんて最低!!」 「そうじゃなくて」 「誰もエリナのことわかってくれようとしない!味方になってくれないんならもういい!キモオタニートの、ネットジャンキーのおやじキモい!!死ね!!」  僕らが代わる代わるたしなめたり非難したりするまでもなく、エリナはアカウント抹消を即座に喰らった。もちろん審理は棄却中止となった。陪審員としての回数にはカウントされる、と管理人からメールが来たがなんとなくすっきりしない。「雑談禁止」「守秘義務」というルールはわかるんだが、あの場にいた人達とすら共有も振り返りもできない。自分一人で色々消化するのって難しいよな。 「審理却下になるのも当然だ」という感情と、「社会経験が乏しいんだから切羽詰まって感情的になっただけかもしれない。もう少し何とかしてあげられなかったのか」という感情が出口のないまま僕の中でしばらくぶつかり合っていた。  そうこうしているうちに月日は過ぎ、裁判員のノルマも順調に達成されつつあった。僕は弟の裁判資料を作成したり新しいバイトを探したり、とそれなりに忙しい。弟は地元の病院に転院した。記憶はまだ戻らず、家族のことも思い出せていない。退院や帰宅についても未定だ。  病院と職場と家を往復しなければならない母は家族で一番忙しい。最近、近所のスーパーが閉店してしまい買い物が不便だ、とこぼしている。地元に昔からあったチェーン店でコンビニより近かったし安かったから僕も同感だ。 「経営者一家は一家心中ですって。気の毒に」  隣町のスーパーの袋一杯の食材を冷蔵庫に移しながら母が言った。
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