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「ええっ!そんな事件あったの?いつ?」
「半月くらい前かしらね。ちょっと、ペットボトルの口飲みは止めて。いつも言ってるでしょ」
1.8Lの炭酸系のペットボトルなんて僕と弟しか買わないし飲まないんだからいいじゃないか、と言い返してもよかったんだがその前の話が大事件すぎた。
「詳しく」
「あなたはパソコンやインターネットばかりやってて、そんなことすら知らないんだから。新聞くらい読みなさい。地方版の記事だけど近所も職場も大騒ぎだったんだから」
僕は無言でスマホを操作した。ネットは呆れたり説教したりすることなく必要な情報を教えてくれる。だが、この件に関しては地元ならではのネットワークで母が拾って来た詳細情報の方が量も質も勝っていた。
「なんでもね、スーパーが潰れたのは同業者の嫌がらせが原因らしいわ」
「えっ?惣菜コーナーで食中毒騒ぎがあったせいだって聞いたけど?」
「異物混入騒ぎが何回かあったのは確かよ。それだって大変なことだけど、『何度も食中毒を起こした』っていう風に話を大げさにしてインターネットで拡散したらしいわ。異物混入もその人の仕業じゃないかって話よ」
「立派な業務妨害じゃないか。あれ、日本語変かな。とにかくひどい話だな。捕まえとけよ、そんな奴」
「それがね、証拠がないんだって。それに根が深い話なのよ。昔、あのスーパーができる前、家の近くにコロッケ屋さんがあったじゃない?」
「ああ、あった」
小さな店だったがボリュームの割に安く美味かったので、塾や部活の帰りに小腹が減った連中がよく買い食いしていた。僕たち兄弟も時々世話になった。大人になってからはなんとなく足が遠のいて、気づいたら潰れていた。やはり総菜屋から成り上がった大手スーパーの支店が近所にできたせいもあるだろうけど、原因はそれだけじゃないだろう。今思うと店主のおっさんは無表情でどことなく幸薄そうで、主婦や家族連れの客相手に不可欠な愛想のよさやお世辞混じりの他愛もないお喋りの才能に絶望的に欠けていた――
「え、まさか。あのおっさんが?」
「そうらしいわよ。大人しそうな人だったのに信じられないわ。しかも、社長とは同級生でいじめられたのを根に持っていたんですって。だからって、ねえ」
なんとなく胸騒ぎがして背中に冷んやりとしたものを感じた。
「だって……しょ、証拠はないんでしょ」
おっさんをかばいたい訳ではないが。
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