ネット裁判員

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 僕が次に裁判員を務める案件は二日後の予定だったが、審理直後に管理人から連絡が来た。 「急で悪いのですが明日の裁判員も務めてもらえませんか。もちろん12回の回数分には入りますし、その分裁判員の終了時期も早まりますから」  今の僕は「明日の予定」なんてご大層もんは持たない身分だ。僕はOKの返事をした。たとえ予定があったとしても弟の件が早めに審理してもらえるんなら断る理由にはならない。  弟を探すために樹海&断崖絶壁ツアーを決行する時、まとまった休みが取れそうになくてやむおえずバイトを辞めた。希少な非接客業のバイトだったからかなり痛かったが、背に腹は変えられなかった。  僕が新しく担当することになったのは、自称・元お嬢様だったという女子高生の裁判だ。実業家の一家で何不自由なく暮らしていたが、没落したので奨学金を借りたり今まで経験しなかったバイトを始めたり、色々苦労をしているらしい。そこには同情するのだが。 「訴状を読んでも、何をどうしたいのかよくわからないな。ほとんど愚痴じゃないか。何で受け付けたの?」  原告に対する僕の心証はすこぶる悪かった。 「確かに。だけど規定ではAI裁判官が訴状と証拠を解析できれば審理できることになっているからね」 「なら『毎晩遠くの星からがレーザーしてきて思考を操る宇宙人を訴えたい』とかいう類の訴状でもここでは受理されちゃうわけ?」 「まあまあ。原告は十代の女の子なのよ?突然理不尽な目に遭って、理路整然と訴えられる子ばかりじゃないわ」 「そうだよ。それぞれ切実な事情を抱えているのに社会には相手にされずにここに集まってるんだからさ。俺だってある日突然仕事先が倒産して……」 「ストップ。審理案件以外の無関係な雑談や自己情報の開示は規定違反で即除名だぞ」  確かに。世の中で日々起きている事件に比べたらさして悲惨さもインパクトも感じてもらえないであろう僕の弟の案件なんて警察はもちろん弁護士もマスコミもきっと相手にしてくれない。当事者が若い美人でなくても、世間で「それはあなたの感じ方の問題」「言った言わないの問題」と片付けられてしまいそうなことでもちゃんと白黒つけてくれる唯一の場所がこのネット裁判なんだ。
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