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崖の下
そこは事故の多い道だった。
山添いの、狭く見通しの悪いカーブ。
その条件だけで、事故が起こりやすい道であることが連想できた。
当然、ドライバーはそこを走る時はかなり注意するが、それでも事故はなくならない。道沿いに巡らされたガードレールを突き破って崖の下に落ちて行く。
けれどそんな事故が多発するのに、不思議と死者の数は少なかった。
…その理由を俺は知っている。
俺も、あのカーブで事故に遭ったことがあるからだ。
速度を下げ、対向車に気をつけながら走っていたのに、なにかにハンドルを操られているかのように、車体が崖に向かっていった。
ガードレールが目前に迫り、もうだめだと目を閉じた瞬間、誰かの声が脳内に響いた。
「…いらない」
直後に車がガードレールに突っ込んだが、車体はそこで止まり、俺は崖から落ちずにすんだ。
それでも危ない状態には違いないので、慌てて車から転がり出たのだが、その時、崖の下に人影が見えたのだ。
人など入り込みようのない場所なのに、確かに誰かがそこにいた。そしてすぐ、背景の薮に紛れるように消えた。
あれが何ものなのかは判らないが、間違いなく生きた人間ではないだろう。そしてどうやら俺は、あの何ものかに気に入られることがなかったから、崖から落ちずにすんだのだろう。
選ばれる基準が何かは判らないが、気に入られなくてよかった。
でもあの何かの気持ちがいつ変わるかは判らないので、あれ以来、どんなに遠回りになるとしても、俺はあの崖沿いの道は通らないでいる。
崖の下…完
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