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と、奏太朗(そうたろう)と呼ばれた男の子が布団に潜り込んできて真紀子の手を取って引きずり出そうとするが、さすがに5歳の男の子には負けない。
それでも、真紀子は布団を頭からかぶりながら、足音を忍ばせてドアの前に。物音を立てないように静かにドアをほんの少し開け、隙間からそ~っと外の様子を覗く。
(いた。)
真紀子は視界に人が写った瞬間にドアをバタンと閉めた。
(うわ~、うわ~)
興奮しながらも視界に入った男の人の様子を思い出す。ヤカンからカップにお湯を注いでいるすらりと背の高い男の人がちらりと見えた。ほのかにコーヒーの香りが漂ってくる。
「ママ、何やってるの?」
「あっ、待っ、・・」
不思議そうな顔で、奏太朗は部屋のドアを開けてリビングに入っていった。すぐにリビングから見られないよう、大きく開け放たれたドアの死角に隠れる。
(一人にしないで~)
布団にくるまりながら、どうしていいかわからずにいると、
「何してるの?」
(ぎゃーーーーーーーーーーー)
真紀子が見上げると、真上で男がコーヒーを飲みながら見下ろしている。
「真紀子さんはコーヒー飲む?今パンは焼いてるから」
チンと鳴ったトースターの音を聞いて、男はリビングに戻っていった。真紀子は何も言えずに固まっていた。心臓が大きく鳴りっぱなしで息苦しい。男は大学生くらいだろうか、細身で若々しく、少しつりあがった目が印象的な人。
(かっこいいかも・・・)
混乱しながらも、「自分の旦那様」という響きが高校三年生の女子の胸をときめかせた。自分の左手の薬指の結婚指輪を見てうっとりとしながらも、
(鏡が見たい・・)
周りを見回して鏡を探した。すぐに鏡を見つけたが、その隣にそれ以上に目を奪われるものがあった。
「結婚式の写真・・」
その写真は確かに、幸せそうなウエディングドレスを着た真紀子と先ほどの男の人。
(大人だ)
写真に見とれながら、やはり何年か先の未来であることを理解し始めた。
「やっぱり・・・」
鏡を見つめながら大人になった自分の顔を触り、ほくろの場所などを確認していく。
ここまでくると、真紀子の気持ちも落ち着き、どんな世界かという好奇心でいっぱいになっていた。
(彼と話したい!)
真紀子は期待と少しの不安の中でリビングに行くと、あらためて男の人と朝の挨拶を交わした。
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