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「あの、硯さん? 大丈夫ですか?」
置いてけぼりの我々を代表して、巡査部長が問いかける。
「心配かけてごめんなさい、大丈夫」
笑う硯さんの顔色はやっぱり悪い。慎吾の腕にすがりつくようにして立っている。
「貧血的なあれだよね」
慎吾が言うと、硯さんが小さく頷いた。それは事実の確認というよりも、事実の強要のようだった。
嘘だなと私も思ったし、巡査部長も思っただろう。しかし、賢い我々はわざわざここでその話を広げようとはしなかった。触れていいことと、悪いことの違いぐらい九官鳥にだってわかるのだ。
納得できるかは別として。
「笹倉悪い、あとは大丈夫」
慎吾が言う。それは、巡査部長をねぎらうというよりも、あとは放っておけという言い方に近かった。
落ちた硯さんのカバンを拾い、巡査部長から私を受け取る。
巡査部長は何か言いたげに慎吾を見て、硯さんを見て、もう一度慎吾を見てから、
「わかった。硯さん、お大事に」
そのまま、自分の職場に戻っていく。その後ろ姿に少し視線をやってから、慎吾は置かれたソファーに硯さんを座らせる。
「ちょっと、休んでいこうか」
そのまま、私を硯さんの横に置き、自分は彼女の正面にしゃがみ込んだ。
子供にするかのように目線を合わせ、彼女の両手を握る。
「なんか飲む? 大丈夫」
「もう大丈夫。何年前だと思ってるの?」
「何年前でも辛いことは辛いよ。時間が経ったからこそ、辛いこともある」
この二人はたまに、私には全くわからない会話をする。それはきっと、私が渋谷探偵事務所に来る前にあった何かに影響しているのだろう。
いずれにしても、私にはわからないことである。知らないものは知らないのだから。
それでも、こうやって私にはわからない話をしている二人を見ていると、硯さんが慎吾を好きになるのには、何か深淵な理由があるのだろうか、と思う。
私が知らない、過去に何かがあったんじゃないか、と。
ただの恋人同士、ではないのだ。きっと。
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