第一章 九官鳥の場合

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 名探偵という生き物がいる。  それは職業ではない。生き物の名前だ。  そいつは、世の中の難事件を解決し、喰らい、生きている。妖怪のようなものだ。  見た目は人間の形をしているし、法律上も生物学的にも人間だが。それでも、名探偵がそういう生き物なのは間違いない。  だから、名探偵の周りには不可解な事件がうようよしている。一度名探偵の物語に巻き込まれると、無事で逃げることは難しい。  殺されるかもしれないし、殺すかもしれない。身近な人を失って、心を病むかもしれない。そうじゃなくたって、死体を、それも誰かにむりやり命を奪われた死体を見るなんて、普通の人にはあってはならない事態だ。  硯さんや巡査部長のように、レギュラーとして振り回されるなんていうことだってある。  至極、迷惑な男だと思う。我が主人ながら。  名探偵ははた迷惑で、おぞましい生き物だ。  それでも、この男もただの人間なのだろうな、と思う瞬間がある。それが、硯さんと一緒にいる時だ。仕事が絡んでいない時に二人は、ただのバカップルだ。  何か、訳ありではあるようだが。  だが、私にはわからない。尋ねることもできない私には、過去にあったことを知ることはできない。  私が知っているのは、事務所に来た日以降のこと。あの日、別れようと硯さんが切り出したことからしか知らない。  そう、確かにあの日一度、硯さんは別れを切り出したはずだ。なのに、なぜか今でも二人は交際を続けている。  あの時、慎吾は殴られていたはずなのに……・  何れにしても、今の二人はとても仲が良い。  私にできるのはただ、今を見ることだけ。今の二人が幸せそうならば、ペットとして私も本望だ。満足だ。  あとは、ちゃんとした名前で呼んでもらえるようになれば、言うことはない。
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