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「なんか、ごめんなさいね、笹倉くん」
渋谷の横にいた硯さんが、心底申し訳無さそうに言う。
硯茗さん。職業、弁護士。何がいいのか知らないが、この社会不適合者の歩く死神の恋人だ。
とはいえ、この二人、大学時代から付き合ってるからもう長いけど。俺の片思いもだけど。はぁ。
「硯さんが謝ることじゃないですよ。悪いのは全部こいつです」
「でも、私が商店街の福引で旅行券とか当てちゃうから」
「あー、そりゃ、ちょっと硯さんがあれっすね。なんでこいつ誘ったんですか?」
「他に思いつかなかったのと、もしかしたら大丈夫かなって思っちゃったの」
「でもまだ、事件起きてないよ」
横から渋谷が口を挟んでくる。
「お前、それ本気で言ってんのか? 本気で事件起きないと思ってるのか?」
つめよると、渋谷はふぃっと視線をそらした。お前だって事件が起きると思ってんじゃねーかよ!
最悪だ、事件が起きるのをただ待っているしかないなんて。
きっと人が死ぬだろうって、わかっているのに。
しかも、連続殺人的なややっこしいやつに決まっているんだ。なぜなら、名探偵がいるんだから!
「しかもここ、圏外だし」
「電話線も切られるだろうね」
「ここに来るまでは、吊り橋が一つあるだけだったしね」
「絶対落ちるよね」
ああ、ここまでわかっているのに阻止する手段がないなんて! 何て迷惑なんだ!
俺は犯人を捕まえたくて警察官になったんじゃない。平和な世界を守りたくて警察官になったんだ。犯罪なんて起きない方がいいに決まってる!
などと不毛なやりとりをしていると、
「きゃー!!」
悲鳴が聞こえた。
「ああ、ほら、やっぱり!」
嘆く俺を残して、渋谷はさっさと声の方に走っていく。
慌ててそのあとを追う俺と、硯さん。
かくして、黒薔薇の館殺人事件は幕をあけたのである。
いや、本当。建物の名前からしてアレすぎるよね。
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