第二章 刑事の場合

2/19
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ
「なんか、ごめんなさいね、笹倉くん」  渋谷の横にいた硯さんが、心底申し訳無さそうに言う。  硯茗さん。職業、弁護士。何がいいのか知らないが、この社会不適合者の歩く死神の恋人だ。  とはいえ、この二人、大学時代から付き合ってるからもう長いけど。俺の片思いもだけど。はぁ。 「硯さんが謝ることじゃないですよ。悪いのは全部こいつです」 「でも、私が商店街の福引で旅行券とか当てちゃうから」 「あー、そりゃ、ちょっと硯さんがあれっすね。なんでこいつ誘ったんですか?」 「他に思いつかなかったのと、もしかしたら大丈夫かなって思っちゃったの」 「でもまだ、事件起きてないよ」  横から渋谷が口を挟んでくる。 「お前、それ本気で言ってんのか? 本気で事件起きないと思ってるのか?」  つめよると、渋谷はふぃっと視線をそらした。お前だって事件が起きると思ってんじゃねーかよ!  最悪だ、事件が起きるのをただ待っているしかないなんて。  きっと人が死ぬだろうって、わかっているのに。  しかも、連続殺人的なややっこしいやつに決まっているんだ。なぜなら、名探偵がいるんだから! 「しかもここ、圏外だし」 「電話線も切られるだろうね」 「ここに来るまでは、吊り橋が一つあるだけだったしね」 「絶対落ちるよね」  ああ、ここまでわかっているのに阻止する手段がないなんて! 何て迷惑なんだ!  俺は犯人を捕まえたくて警察官になったんじゃない。平和な世界を守りたくて警察官になったんだ。犯罪なんて起きない方がいいに決まってる!  などと不毛なやりとりをしていると、 「きゃー!!」  悲鳴が聞こえた。 「ああ、ほら、やっぱり!」  嘆く俺を残して、渋谷はさっさと声の方に走っていく。  慌ててそのあとを追う俺と、硯さん。  かくして、黒薔薇の館殺人事件は幕をあけたのである。  いや、本当。建物の名前からしてアレすぎるよね。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!