第三章 検事の場合

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 もっとも、 「一応聞くけど……まだ付き合ってんの? あいつと」 「あ、はい」  男を見る目が無さすぎる。  彼女の恋人は、渋谷慎吾。本人以外誰もいない、怪しい寂れた探偵事務所をやっている。  噂では祖父の遺産があるとからしいが、そんな儲かりそうもない仕事で生計を立てられているところがまず怪しいから好きじゃない。  それに、私は認めてはいないのだけれども、あいつは「名探偵」だというのだ。知り合いの刑事によると、名探偵というのは職業ではなく、生き物の名前で、事件を呼び寄せ、謎を食べ、生きながらえているのだという。  事実、あの男が行く先々では、怪しい事件が多発しているらしいし、何度か私もあいつが解決したという事件を担当したことがある。  普通の探偵は、殺人現場で関係者を集めて謎解きなんて披露しないのに、あいつはそういうことを普通にする。  なんで民間人を殺人現場で野放しにしているのかわからないけれど。  それに対して警察に文句を言ったら、 「でも、あいつは名探偵だから」  と言われたのだ。上の方も黙認しているらしい。  そんなバカバカしいことがあるわけない。私は、そんな夢物語みたいな、名探偵がいるという話は信じていない。  ただ、まあ、実際あいつと一緒にいるとろくな目に遭わないので、避けることが多いけど。でもそれは、あいつが名探偵とかいう生き物だからじゃない。あいつがロクでもない人間だから。  でも、警察も、そして硯さんも信じている。あいつが名探偵という生き物だということを。 「この前、犯人に捕まって大怪我したって聞いたけど?」 「ああ、そんな大怪我っていうほどじゃないですよ」  もう全然元気ですし、と硯さんが笑う。  普通は犯人に捕まったりしないけどね、という言葉を飲み込む。なぜなら、 「まあ、慎吾と一緒だったからしょうがないですよ」  彼女はそれを「名探偵の効力」とやらだと受け入れているから。意味がわからない。理解に苦しむ。
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