第四章 弁護士の場合

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 隅っこの席でそんな話をしている私たちを尻目に、慎吾はシルクハットからトランプを取り出し、 「と、いうことで一枚ずつ引いて頂きましょう。引いてもまだ見ないで。犯人は、トランプが教えてくれます」  あの人の言葉に、 「くれねぇよ」  笹倉君が小さく毒づいた。 「トランプが教えてくれたんです! で起訴まで持ち込めたら素敵」 「素敵ですよね。事件を解決して終わる探偵は楽でいいよな」 「……きみたちも黙って引いてくれるかな?」  背後に立ったあの人が不満そうにいうので、二人で素直に一枚ずつ引く。  合図を待たず、二人でめくる。ハートの八。  これはどうなんだろうか、ジョーカー以外もあの人が仕組んで引かせているのだろうか。 「いや、めくるなって言ったし」  不満そうに言う慎吾を無視する。  そんな私たちを無視して、慎吾も推理を続ける。  犯人、ジョーカーは誰なのだろうか。今の私たちはそこには興味はない。  あの人が犯人を間違えないことはわかっている。名探偵だから。 「たまに、付きあっていることを後悔する」  まあ、事件に巻き込まれなくても遅刻もするしいつまでたっても煙草やめないし、で喧嘩するし、別れてやろうと思うけれども。 「でもまあ、名探偵の元カノとか嫌な役割にはなりたくないけど」 「それ、結構危険な立ち位置ですよね」  しみじみと笹倉くんが言う。  さすが、慎吾と付き合いが長いだけのことはある。小鳥遊さんは説明をしてようやくなんとなく理解してくれたことを、なんとなく単語だけで理解してくれた。  私はまだ、殺されたくないし、殺人犯にもなりたくない。  そして、本当は困った事に、普通に好きになってしまっているのだ。  この名探偵という生き物を。  事件に巻き込まれる事が苦ではない程度に。  正直、私たちはしょっちゅう喧嘩しているけれども、それは大体遅刻とか、禁煙しないとか、私が仕事を詰め込みすぎて約束破りまくるとか、そういったことが理由。事件について喧嘩したことはない。まあ、慎吾が無茶して帰ってきた時は怒るけど。  手元のカードを見る。思い出すのは、エラリー・クィーンのハートの四。ハートの八は……、 「結婚の話、ね」  小さく呟く。これは狙ってやったのかどうなのか。
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