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共哉さんが連れてきてくれた場所は、昔一度家族で来たことのある料亭だった。
姉がまだ家にいる頃だ。
優しい母と、姉と、あのときの私は幸せだった。
でも今は、名だけの夫である共哉さんと来ている。
もう姉もいないし、私も子供ではない。
その変化がやけに悲しい。
彼が引き戸を開けると、木の香りがした。
自分の記憶の片隅に残る匂いが、さらに胸を虚しくさせた。
「いらっしゃいませ、蓮池様」
出迎かえた中年の女性は、「どうぞこちらへ」と、私たちを案内する。
「葉月行くぞ」
彼に背を押され、私は歩いた。
話していた通り馴染みらしい。
通された部屋は一番奥の個室だった。
二人にしては広すぎる部屋だ。
なんだか落ち着かない感じもする。
彼は慣れた様子で座敷に腰を下ろすため、私も慌てて向かいに座った。
「何が食べたい?」
「何でもいいです……」
すると、彼はコースメニューを頼んでくれた。
どんなものが出てくるのかわからないが、昔、来たときは美味しかった。
二人きりになった部屋は、再びしんとした空気が訪れる。
私はそっと彼を見つめた。
「ここ来たことあるのか?」
「はい。昔家族と……」
「そうか」
きり言葉が続かない。
料理の一品目がくるまでそれは続いた。
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