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「どうですか、お味は?」
「あ……」
私がもうすぐ食べ終えそうな頃を見計らうように、晴彦さんがやってきた。
「旨いよ」
「ありがとうございます。葉月ちゃんは?」
彼の見つめる瞳に焦った。
実はあんまり味わえてなく、咄嗟に答えられないからだ。
「お、美味しいです」
なんとか口にしても苦しい。
よくとろけた卵に、バターライスのまろやかが加わり美味しい。
今さら思いつくも、遅かった。
「それはよかった。ねぇ葉月ちゃん」
「はい」
「提案なんだけど葉月ちゃんバイトしない、ここで」
「え?」
「晴彦」
共哉さんの低い声が聞こえたのと同時、晴彦さんの大きな瞳と視線が絡む。
「バイトの経験は人を大人にさせるよ」
大人……
その言葉が胸に響く。
もっと聞きたい、と私は目を瞬かせた。
「どう?大学近いしいいんじゃない?共哉君の奥さんだからお小遣いには不自由してないだろうけど、社会勉強になるよ」
大学が近いのは魅力的だ。しかし、アルバイトはしなくていいと言われたばかりだ。
それだけども、心が傾く。
どうしよう、やってみたい……
しかし、私が答えを出す前にバッサリと、きられた。
「ダメだ」
「共哉君、早いよ断るの」
「ダメだ。アルバイトなんて必要ない。葉月じゃなくてもいるだろう、大学の側なんだし」
「それはそうだけど、募集かける手間省けるし、ダメ?」
「何度聞いてもダメだ」
共哉さんは頑なだ。私の膨らみつつある欲は萎んでいく。
「うーん……共哉君は反対してるけど葉月ちゃんはどう?」
私は「え?」と、戸惑った。
「やってみたいと思わない?」
本心を言っていいだろうか。
「えっと……」
しかし、私が口を開く前に、彼が邪魔をした。
「葉月に聞いてもダメだ。他をあたれ」
どうやら、アルバイトの許可は下りそうにない。
「ちぇっ。仕方ないな、今日は諦めるよ。葉月ちゃん気になるならいつでもおいで。大人になれるよ」
「晴彦」
魅力的な言葉を残す彼に、再びやってみたいと思う気持ちが膨らみはじめる。
しかし、共哉さんの顔は怖い。
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