伝わる甘い熱

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彼女を預かることで葉月の実家に挨拶に行ったのは同居する一日前。 忙しく後回しになっていた彼女の実家に訪問時にいたのは、お義母さん一人だった。 お義母さんは急な訪問にも関わらず、俺をにこやかな笑顔で迎え入れてくれた。 「蓮池さん、葉月を宜しくお願いします」 客間に通されまず言われた言葉。 「えぇ、葉月さんの事は責任を持って預からせて頂きます」 この時の俺はまだ彼女に対して今のような恋心なんてない。 二人の結婚には金銭が絡んでいることもあり、こういった義務的な挨拶になるのは仕方がなかった。 「ありがとうございます、宜しくお願いします」 「……えぇ」 彼女の父親とはまるで違い、娘思いのお義母さんに、頭を下げられると何とも言えない感情に襲われて、早く帰りたくなった。 「葉月は優しい子なんです」 「……えぇ」 「私達を困らせる事も今までなくて我が儘も言わないで……」 お義母さんは涙を浮かべる。 「今回の事も、いえすみません」 俺との縁談にも何も言えなかったんだということをはっきりと知った。 「いえ……」 「ごめんなさいね、年を取ると涙もろくて……。どうか宜しくお願いします」 「はい」 今更彼女との事を無かったことには出来ない。いや、出来たのかもしれないが俺がそれを拒否していた。 居心地が悪く、早く帰りたかった俺は明日の迎えの時間を伝え切り上げようとしたのだが、 「蓮池さん、あの子の姉の事はご存じですよね?」 「……えぇ」 急に姉の弥生の話を切り出され、驚いた。 彼女の姉は政略結婚が嫌で家出したと、一時有名になった人物。 そのせいでお義母さんも嫌な思いをしたはずなのに、自ら話を持ち出してきたから。 「弥生は三年前、この家を出ていってしまったんです。結婚が嫌だったのか、この家が嫌だったのか……。きっとどちらもでしょうね」 お義母さんはハンカチで涙が溢れる前に拭った。 そして俺をすがるように見つめる。 「娘の弥生がいなくなって一番寂しい思いをしているのは葉月なんです。あの子、弥生がいなくなってから益々自己主張をしなくなって、何も出来なくて申し訳なくて……」 目を細くして表情を歪めるお義母さんは、葉月に似ている気がした。
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