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「そうだな、葉月、ただいま」
「おかえりなさい……。共哉さん」
考えていたものと全く違う状況。
でも彼の顔が優しいから、つられて私も顔を綻ばせた。
だが、熱がある私に彼の唇が触れる。だから嬉しさが少しだけ消えた。
「熱いな……」
唇を離した彼が、そう一言。いつもより熱いのは確かだ。
だが普段と比べられている言葉に、彼にもうじゅうぶんに私のキスの温度を知られていると思うと照れくさい。
彼は真剣な表情でいるけれど。
「医者を呼ぶか?」
「え、いいです。寝ていれば治りますから」
もう夜だ。それにわざわざ来てもらうなんて申し訳なさすぎる。
大したことないのは自分自身一番わかっている。
「いや、少し診せるだけだ」
「共哉さん、本当に……」
いい、と言おうとしたのに、聞き入れてはもらえず彼は私の頭を撫でてから部屋を出ていく。
病院に電話するのだろうか。
本当に大したことないのに。
どうしよう、と悩んでいると、今度は宮前さんが側に来て側に屈む。
「葉月さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。大丈夫なのに共哉さんがお医者様を呼ぶって言うんです」
宮前さんだって大したことないって思っているはずだ。きっと同意してくれると思っていたのだが「葉月さんも坊っちゃんがお熱を出したら、どうです?」と言われた。
そして「きっと同じ事をされるわ」と、投げかけられてた。
「心配なんですよ」
確かに私もそうかもしれない。
彼女の言葉には説得力があり、宮前さんに言われて気が付く。
私も心配し、病院に連れていってしまうだろう。
素直に従うのが彼のためなのかもしれない、と思い直す。
大人しくなった私に宮前さんは微笑んで言った。
「葉月さん、私はこれで失礼します、後は坊っちゃんに甘えて下さいね」
「宮前さん……」
共哉さんに甘えて、と言うものだから、どう返せばいいのかわからない。
瞳を瞬かせているうちに、彼女は部屋を出ていってしまった。
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