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「ただいま」
無言の空気が私を迎えるが、彼からもらったその花束が一番に目に入る。
視線を落とすと、まだ共哉さんの靴はない。私はそれにホッとして、靴を脱ぎ部屋に足を一歩踏み入れた。
リビングへ足を進め、腕に提げていた買い物袋をテーブルに置くと、私の携帯が音を立てた。
この音楽は、共哉さんと決まっている。
機械音痴の私は相手によって、着信音を変えることができずにいたが、彼が代わりに設定してくれたのだ。
私が好きなクラシックの着信音は、彼のものも同じく設定してくれている。
私が彼に電話をすることはあまりないが、たまにかけるそれが同じ音をたてると思うと、少し顔がにやける。
そんな小さな幸せが、嬉しい。
私はそれを「はい」と、とって彼の声を待つ。
「葉月、家?」
「あ、はい。今帰ってきたところです」
「そう、俺も今から帰るから」
きっと、彼は今車に乗ったところだろう。
電話の向こうで、扉の閉まるような音が聞こえた。
そうだとすると、彼が帰るのはもうすぐだということだ。
「気をつけて帰ってきてくださいね」
「あぁ」
「待ってます」
すると彼が少し笑ったような声を出して「じゃあな」と、言って電話を切った。
なにかおかしかっただろうか。少し考えるも、迫る時間を思いだし、私は買い物袋から食材をとりだす。
今日のメニューはもう決まっている。
それを作るために、私はキッチンへ立った。
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