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「違うよ。生活していくためにどうしたってお金はいるから、労働の必要性は感じてる。ひしひしと感じてる。だけど、身体に力が入らない」
「AKIが結婚しちゃったから?」
進藤が呆れたように言った。
そのセリフに、ビックリするくらい唐突に涙が溢れた。
網膜が濡れて、蛍光灯の明かりがぐにゃりとゆがむ。
もうさんざん泣いたはずなのに。
どれだけ流せば、この涙は枯れるのだろう。
涙腺という工場には、三交替くらいで、一日中せっせと涙のもとをつくる、腕利きのプロ職人が働いているのだろうか。
だとしたら、週五日四時間勤務、時給九百五十円のしがないアルバイトであるわたしには、到底追いつけそうにない。
「愚かだね。相手はミュージシャンでしょ。メジャーじゃないって言ったって、芸能人だよ。本気でどうにかなると思ってたの?」
パツン、パツン。
週刊誌を束ねたビニール紐を、進藤がハサミで切る音が冷酷に響く。
「おかしい?」
「あぁ、おかしい。鼻で笑っちゃうね。彼とは住む世界が違うんだ。一般人でコンビニのアルバイトなんて、相手にするわけないじゃない」
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