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先輩の送別会も終わり、未だに弾まない心を抱えたまま喫茶店に立ち寄った。モダンなデザインの何処にでもありそうなその出で立ちは、しかし不思議と吸い寄せられるように足が動いた。
出会うから別れがある。表裏一体の背中合わせ。別れがあるから次の出会いもある。何かが見張っているのか、至極まっとうに生きてさえいれば、出会いだけ、別れだけに偏った人間はいない。だからこそ、僕はこの喫茶店に呼ばれたのだろう。気が付いたら店の扉を開けていた。
カランコロン
扉に据え付けられたベルの音が心地よく耳を刺激する。日本の風鈴と音色は似ているのに違う、季節を選ばない音に快く出迎えられて、目が合ったのは栗色の髪を後頭部で束ねたポニーテールがよく似合う女性だった。
この店のウエイトレスなのだろう。僕と目が合った彼女はニッコリと笑みを湛えながら、慣れた動きで僕を空いているボックス席へと案内してくれた。既にピークタイムは終わっているのだろう、落ち着いた店内に客は疎らで、一人で来た僕は広い四人がけの席へと腰を落ち着けた。
少し間を置いて先程の女性がお冷やとおしぼりを持って現れる。初めての店だが、取り敢えず店の名を冠したブレンドコーヒーを注文すると女性は早々に厨房の方へと消えていった。
女性がいなくなるのを目で追った後、鞄の中から一冊の本を取り出す。適度な重みが手に伝わり、手早く読み掛けのページを開いた。僕は本特有の重みが好きだ。同じ様な厚さで、同じ様な大きさなのに、同じ重さの本は一つとして存在しない気がする。本の中には世界が広がっている。書いた人の想いも伝わってくる。それらが重さとなって手に伝わり、文字となって目に飛び込んでくる。
本、取り分け小説を読むようになったのは高校生の頃。周りの友人達が週刊誌の話題で盛り上がる中、その会話に適当に相槌しながら僕は只管に小説の文字だけの世界に酔いしれていった。著者が変われば表現もガラリと変わる。漫画の絵が作者によってガラリと変わるのと全く同じだ。違うのは、小説は読み手の数だけ絵が変わること。漫画が作者による独奏曲であるなら、小説は作者と読み手の協奏曲。無限の広がりがあるからこそ底なし沼に引きずり込まれるように、どっぷりとハマっていった。
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