第一章 アルベール(3)

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 学院の象徴である時計塔、その鐘楼から重々しい鐘の音が響き渡った。  教室の教壇に、身体がコの字に折れ曲がった老教師が登る。  挨拶が行われ、授業に入る。  一時限は詩の授業だ。 (やばい)  ニコルは窓際の席で欠伸を噛み殺した。  春のうららかな日差しで身体が温められる。  ニコルは詩の授業が得意ではない。  韻を踏んだ文章を聞いているだけで眠気を誘われてしまうのだ。  もちろんそれはニコルに限った話ではなく、他の生徒も授業開始早々、船をこぎ始めているのも複数人。  それも今日扱う詩は田園風景を題材にした牧歌的なものらしい。  教師は抒情的(じょじょうてき)でどうこうと言っているが、ニコルから言わせれば最高の子守歌だ。 「では、ニコル。次を読んで下さい」 「……あ、はい」  ぼけっとしていたせいで反応が遅れてしまいながらも、立ち上がった。 「えっと」  ぎこちない読み方で詩を朗読していく。  詩は現代的なしゃべり言葉ではなく、文語体でそれも表現の一つ一つがもったいぶったような言い回しで、舌がこんがらがってしまいそうなのだ。  老教師に読み方の訂正をされながらもどうにかこうにか進めていく。  と、後頭部に何かが当たる。 「……っ」  足元に紙を丸めた紙くずが転がっていた。  後ろからはクスクスと忍び笑いが聞こえる。 「……どうしましたか」  老教師が急に口をつぐんだニコルを不審げに見てくる。 「あ、す、すみません……っ」  ニコルは詩の朗読を続ける。  それからもまた何度となく頭にぶつけられ続けた。  どうにか詩を朗読し終えて、着席しようとすると。 「おーい、ニコル。お前、何汚してんだよ」  後方の席からそんな声が上がった。  ぼけっとしていた他の生徒たちがニコルを見る。  もちろんその足下には丸められた紙くずが転がっている。  声の主は分かっている。  ライリス・フォン・フェルダンだ。  ライリスはこの教室のリーダー格だ。勉強もスポーツもそつなく出来、教室を代表する ような人気者だ。  ライリスは同じ伯爵の位を戴く、フェルダン家の出身だ。    いつも数人の取り巻きを引き連れている。非常に要領が良く、目上の人間にはひたすら媚び、下の者には理不尽な振る舞いをする。
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