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アルベール・キスア。
コルデリア伯爵家に仕える、ニコルの従者だ。
髪と、切れ長で二重の双眸はどちらも曇りの無い漆黒で、白皙がよく映える。
その姿は従者とは思えぬ気品を感じさせる。
アルベールは一体幾つなのか分からない。
ニコルが聞いても、「ニコル様よりは年上ですよ」とはぐらかされてしまう。
しかしニコルも無理矢理聞き出そうとは思わなかった。
その不可思議さが、彼の魅力の一端でもあったからだ。
彼はニコルが物心がついた頃から屋敷に仕え、以来、ずっとニコルの従者を務めている。
屋敷の中では肉親以外で唯一、心を許せる存在だった。
アルベールはいつものように棚にいくつも置かれた蝋燭を回収する。
蝋燭は全て特注でニコルが眠る時間に合わせて火を灯され、朝日が昇る頃にちょうど消えるように設計されていた。
ニコルは物心がついたときから闇に対する極度の恐怖心があった。
何度か克服しようと試みたが、明かりの一切無い場所にいると闇が迫ってくるようで、息が出来なくなり、意識を失ってしまうのだ。
それで何度医者の厄介になったか知れず、十六歳になった今でも、蝋燭が就寝前の必需品になっていた。
「夢を見られたのですね」
ニコルの顔を一瞥しただけで、アルベールはすぐに気づく。
「失礼いたします」
「……ん」
アルベールがハンカチを取り出すと、ニコルは目を閉じる。
肌に柔らかなシルクの柔らかさが触れ、頬から額を優しく撫でるように汗を拭ってくれた。
アルベールのつけるコロンの清涼な香りにうっとりする。
(良い香りだ)
このまままたとろとろと甘い眠りの中に落ちてしまいたくなる。
「朝食はどうなさいますか。こちらに運びましょうか」
アルベールが離れていくことに一抹の寂しさを覚えた。
「お母様は?」
「奥方様は今日は早くお目覚めになられまして、食堂で朝食をと……仰せです」
「なら、僕もご一緒するよ」
「かしこまりました」
「アル。お湯と布を持ってきて……。汗をかいているから」
「ただちに」
アルベールはそっと頭を下げ、退出していく。
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