◇第三章 見えない獣

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「ッく、う」 「ああ、牙は結構それっぽくなってる……」  顔が近い。呻く良樹の顔を覗き込みながら、手の動きが早くなった。追い立てる動きは容赦なく快感を与える。耐えようとして歯を食いしばった時に少しだけ歯茎に痛みが走った。犬歯が大きくなっているのも分かっていたのだが、食いしばって痛む方の歯茎はまだ人の歯茎らしい。それでも快感から気持ちが逸れることはなく、やがて享の手が動くたびにぬるぬると滑り感覚と、ニチャニチャという音が加わった。 「……たくさん出てますね」  からかうような声からも気を逸らそうとするが、いい加減興奮が勝ってきた上、背骨の形の変形でどうしても前かがみになってしまう。 「イくな、とか言いませんから」  ひどく楽しそうな様子で、手の動かし方を変え、根元を押さえるようにしながら中にあるものを押し上げるよう親指を動かして行く。良樹ももう我慢は出来なかった。堪えようにも、ただ手で触っているだけのはずがひどく気持ちがいい。びく、びくっと脈拍に合わせて先が跳ねる。 「う、く、ァっ」  そしてビュルッと勢いよく白濁した体液が吹き上がった。享はそれを顔や眼鏡、手に受けたが、まるで表情を変えず、楽しげな笑みのままそれを指先で軽く拭った。良樹は息を切らせながら思わず鼻に皺を寄せ、なんとか身体を傾けて残滓が飛ぶ方向を自分の膝に受け止めるようにする。 「ふふ……なかなか楽しいですね、こういうのも」  本当に、心底から楽しげな声に、良樹は今日何度目かの絶望感を感じ、変わりかけの耳を伏せ、尻尾を力なく垂れるのだった。
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