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「私はこれで失礼します。何かありましたら、お電話でフロント一番までご連絡下さい。」  俺は部屋を出ようとした。 「貴方のお名前を覗ってもいいか。」  窪田が俺に視線を向け尋ねた。  俺の心臓はドキリと大きく跳ねた。  本名を言うわけにはいかない。どうする。どうする。 「ケンザキです。」  咄嗟に出てきた名字は、大将が間違えた名字だった。 「ケンザキ何さん?」 「ケンザキソウです。皆からは『ソウちゃん』と呼ばれています。」  俺は他の客の前で『ケンザキ』と呼ばれたらまずいと咄嗟に判断し、あえて『ソウちゃん』を強調した。 「ソウちゃん、暫くお世話になります。」 「どうぞごゆっくりおくつろぎください。」  俺はそれだけ言うと、そそくさと部屋を出た。  俺の心臓は周りの人に聞こえるんじゃないかと思うぐらいドキドキしていた。  大きく深呼吸して階段を下りた。  どうしてあいつがここに来たんだ。もしかして、若山から知れたのだろうか。  何度深呼吸をしても、緊張と震えは止まらなかった。
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