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「社長、どうかされましたか。」  脇に控えた杉山が尋ねた。どうやら、俺の顔色をうかがっているようだ。 「いや、何もない。」 「そうですか。なら結構ですが。」  杉山はまだ何か言いたそうにしていたが、それ以上は何も聞かずにだまった。まだ入社したばかりの長屋は俺と杉山の動向を覗っている。 「本当に、心配するような事は無い。昔を思い出していただけだ。」 「昔ですか?」 「ああ。俺が組に入った頃の事をな。杉山が組に入ったのは俺より三年程後だったか?」 「そうです。三年の下働きを終えた社長が、俺の指導に就いて下さったので。」 「だとすると、前組長の暗黒の時代を知らないのか。」 「組長の交代の時には居ましたよ。入ったばかりで、内情までは知りませんが、いろいろあった事は聞いています。」  今の組長は前組長の弟だが、前組長とは母親が違い組とは離れて育ったせいか、かなり温和な人だ。だが、前組長は組長の長男というだけで組を継いだ。幼い頃から組員に傅かれ、誰もしかる人がいない環境で育った為か、やりたい放題だった。意に添わない先代からの幹部を容赦なく切り捨てた。傘下の組織にはきつい上納金を課した。争い事は日常茶飯事だった。上位組織の菱和会(りょうわかい)から指導が入っても、表面的に繕うだけだった。  しまいには、常軌を逸した行動をとるようになったため、菱和会に、組幹部が招集され、収拾が着かなければ菱和会から加納組は切り捨てると宣告された。その結果、組長を会長にし、弟を組長に据える事で落ち着いた。  前組長はどうやら薬に手を出していたらしく、今は病院に軟禁されている。 「八年間だ。八年間、組は荒れに荒れた。俺が知っているのは最後の三年間だったが、酷いものだった。」 「でも、何故今頃、前組長の時代を思い出されたので?」 「さっきの従業員が、俺の知っている、その時の知り合いに雰囲気が似ていたからだな。」 「知り合いですか?」 「ああ。」
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